河内どんこう掲載のグラビア写真を中心に「やお文化協会のあゆみ」を紹介します。
八尾、そしてふるさと河内を愛した、諸先輩の活躍を思い出して頂ければ幸いです。
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● 「弓削道鏡を訪ねて」愛媛県弓削島自性寺へ 昭和63年(1988)4月
古代よりの河内を代表する大人物といえば、弓削大連・物部守屋と弓削道鏡は欠かす訳にはいかない。特に道鏡は出世頭として異論はないであろう。河内弓削と弓削島がどう関わりがあって、そのロマンはどうなのか。弓削道鏡研究では全国でも名をはせている 山野としえさんの誘いで、弓削島はじめてという大型バスの乗り入れで、四十数名の同好者がこの小さな島を訪れた。
山野としえさんが書いた小説 『真実不虚−小説・道鏡』は、河内どんこうに十回に亘って連載され、道鏡研究の大御所横田健一先生からも賞賛された。
● 八尾市春日町跡部遺跡から銅鐸が出土 平成元年(1989)11月
 ○ 埋納された状態での銅鐸発掘は大阪府下はじめて
弥生時代後期の土抗で埋納されたままの銅鐸が発見され、「跡部銅鐸」と名付けられました。銅鐸は、弥生時代の「まつり」の道具で、この発掘により埋納方法が判明し、銅鐸研究に大変役立つ発見になったということです。
● 初代貴島正男会長と二代森岡安治郎会長/協会創立15周年式典にて 平成2年(1990)10月
やお文化協会創設にあたって、会長を引き受けて頂いたのが、当時教育委員長をされていた貴島正男さん。「河内のオッサンの唄」騒動以来、八尾市郷土文化推進協議会々長も引き受けられた河内文化振興の大恩人。貴島正男会長の四年余りの会長職を引継いで、昭和54年5月、八尾市農協理事長の森岡安治郎さんが二代目会長に。
● やお文化協会創立15周年記念式典の風景 平成2年(1990)10月
安積由高常任理事が「河内どんこう30号」で、協会創立当初の思い出を語っている。
「15年前のある朝、伊藤光生氏(初代専務理事)が思いつめた顔つきで、『わたしが毎月遊びに使う金を半分にして、あとの半分を出しゃ雑誌を発行出来るのやが、どうでしょうかな・・・・』と安積さんに語ったという。
森岡安治郎会長のもと、盛大なやお文化協会創立15周年記念行事が開催された。
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