河内どんこう掲載のグラビア写真を中心に「やお文化協会のあゆみ」を紹介します。
八尾、そしてふるさと河内を愛した、諸先輩の活躍を思い出して頂ければ幸いです。
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● チビッコ文化財夏季学級から 昭和58年(1983)7月
 ○ 愛宕塚古墳を調査
(財)八尾市文化財調査研究会は夏休みを利用して、市内のチビッコ42名による文化財夏季学級を開催。高安古墳群(千塚)の見学、環山楼での「埴輪の話」など、はじめて行なわれたこの催しに熱心に取り組んでいた。修了者には「修了証書」が贈られた。
 ○ 環山楼で「埴輪」の勉強
● 「河内木綿伝承の地」記念碑建立 於近鉄八尾駅噴水公園にて 昭和58年(1983)11月
 ○ 記念碑建立作業風景
江戸時代庶民のふだん着、仕事着として丈夫なうえ、洗うほどに色のさえた「河内木綿」。最盛期に高安山から眺めると、河内平野は花咲く棉の花で真っ白であったという。江戸時代中ごろ以降、河内の商人が経済的にも飛躍した土台を築いた河内木綿。「ふるさと八尾」を紹介するこの記念碑は、各種団体の協力をえて八尾市の中心に建立された。
 ○ 記念碑除幕式典のひとコマ
● 南小阪合遺跡現地説明会の風景 昭和59年(1984)1月
南小阪合区画整理事業の伴う調査の中で発掘された。弥生時代中期から近世に至る遺跡で、特に古墳時代初期から中期の他の地域から持ち込まれた土器が多量に出土している。この地が他地域との交流が盛んであったことを物語る。
● ふるさと八尾/東郷の多嘉(高)地蔵まつり 昭和60年(1985)7月
この地蔵さんは、文明三年(1471年)のもので、八尾市内有数の石仏であると伝えられる。総高214センチの舟形光背面に像高165センチの立像が厚肉彫りされ、面相は円満、胸部を開き、肌身を表した特異な姿で等身大に近い大石仏。室町時代の傑作のひとつと伝える。
● 八尾市立南山本小学校の生徒さんによる田植え風景 昭和60年(1985)6月
南山本小学校では、毎年地域の農家のご好意で、5年生全員が田植えと米つくりを経験しています。社会科の学習としての米づくり。「発芽」から「稲」になるまでの理科の学習が並行して行なわれます。田植えとは、エライものやというのが参加した実感。
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